大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)9357号 判決

原告 筒井多嘉磨

被告 大平製紙株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

原告は

「原告と被告のとの間に雇用関係が存在することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は

「主文同旨」の判決を求めた。

第二原告の請求原因

原告は昭和二八年六月二一日洋紙、板紙および和紙の製造、販売を営業目的とする被告会社に約二ケ月の期間を定めてその王子工場においてドクター塗装に関する技術指導に当る約で雇用されたが、同年八月二一日被告の要請により期間の定めなく雇用されることとなり、同工場において被告の職制上は嘱託としてではあつたが、一般従業員と等しい労働条件の下にラツカー塗料の製造指導、見本帳の作成、新製品の販売等の業務に従事し、昭和二九年七月九日より研究に関する事務に従事するよう命ぜられ、その後は研究に関する勤務につくことが原告の職務の中心となつたが時には命ぜられて現場作業に従事することもあつた。

その間原告は順次昇給して毎月金二八、〇〇〇円の給与の支給を受け、勤労所得税、健康保険、失業保険などの源泉徴収など一般従業員と同様の取扱を受け、昭和三一年六月中旬まで被告のため労務に服していたものである。

しかるに被告は昭和三一年八月九日以降原告との雇用関係の存在を否認するのでその確認を求める。

第三被告の答弁、抗弁

一  請求原因に対する認否

被告が原告主張の営業を目的とする株式会社であり、原告が被告の嘱託として昭和二八年六月二一日から昭和三一年六月一〇日頃まで被告の王子工場で塗料の研究に従事したことは認めるが、被告は原告を雇用したものではない。

二  委任契約

被告は当初一年の期間を定め硝化棉塗料に関し、その後は当分の間ということで丹頂クロス用の塗料に関しその製法の改良等の研究をすることを原告に委任し、原告は右委任に基き被告の王子工場において右委任事務を処理していたものである。

このことは原告が被告より次のように一般従業員とは違つた取扱を受けていたことから見て明白である。

(一)  出社日

原告は昭和三〇年五月まで週五日被告会社に出社し、残りの一日は他の委嘱先の会社に出社していたもので、他社より委嘱を解かれたのちは週六日出社することとなつたが、その後においても時々早退して訴外寺島ウルシ工業所に委嘱を受けた研究のため出向していたものである。

(二)  勤務時間

被告の一般従業員は午前八時に出社しタイムカードに打刻する例となつているが、原告は午前八時半か九時頃出社し、嘱託医、嘱託機械技術者(いずれも週一回出社)と同様特別の出勤簿に押印していた。

なお、被告は原告の出社が一般従業員より遅いからといつて遅刻の取扱をしたことはない。

(三)  給与

被告は原告に対し一般従業員の給与体系によらずに一定の嘱託料を支払つていたもので、一般従業員の昇給と並行して嘱託料の増額はしていない(ただし以前原告に子供が生れたとき家族手当を増額する意味で嘱託料を増額したことが一度ある。)また欠勤や寺島ウルシ工業所に行くための早退にも給与の減額をしたことはない。

(四)  事務内容

原告は被告より機械、器具および材料の提供を受け、更に補助員の協力を受けて前述の研究に専念していたもので、その余の原告主張の事務に従事したことはない。

以上のように原被告間の契約は雇用契約ではない。

三  雇用契約の終了

仮に原被告間に雇用契約が存在していたとしても、被告は昭和三一年六月一〇日頃原告との雇用契約を合意解除したものである。

仮に右合意解除が成立しなかつたとしても、被告は同日原告に対し解雇の予告をしたものであるから、同日より三〇日の経過により原被告間の雇用関係は終了したものである。

また以上が認められないとしても、被告は同年八月九日原告に対し労働基準法所定の三〇日分の平均賃金にあたる解雇予告手当を提供して解雇の意志表示をした。従つて原被告の雇用関係は遅くとも同日をもつて終了したものである。

第四原告の被告の答弁、抗弁に対する認否、再抗弁

一  答弁事実に対する認否

原告が(イ)昭和三〇年一月まで週五日被告会社王子工場に出社し週一日他社に出社していたこと、(ロ)原告が特別備付の出勤簿に押印していたこと、(ハ)原告に対する給与が一般従業員の給与体系によらずに定められていたことその増額が一度しかなかつたこと、(ニ)原告が硝化棉塗料や丹頂クロス用塗料の研究にも従事していたことは認めるが、その余の答弁事実は争う。

二  抗弁事実に対する認否

被告の仮定抗弁事実中被告が昭和三一年六月一〇日頃原告に解雇の通告をしたことは争わないが、その日時は同月一一日である。

なお、同日頃原被告が雇用契約の合意解除をしたことは否認する。

原告が同年八月九日被告よりその主張の解雇予告手当の提供を受け、解雇の通告を受けたことは認める。

三  解雇の無効

しかし被告主張の右解雇の各意思表示は次の諸理由により無効である。

(一)  協約違反

被告は原告解雇当時被告の王子工場に常時雇用される従業員一四〇名中職員工員を含む一二〇名で組織する大平製紙王子工場労働組合との間に労働協約を締結していたもので、結局王子工場の従業員の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受ける場合に該当するから右協約は労働組合法第一七条により、右協約第四条によつて非組合員とされていた原告に対しても同種の労働者として適用さるべきものである。

そして右協約によれば、別紙のとおり被告が従業員を解雇できる事由を制限的に列挙しているから、右解雇事由に該当する事情のない原告に対してなされた前記解雇の意志表示は協約に違反して無効である。

(二)  解雇権の濫用

原告は昭和二九年七月頃自己の研究中であつた丹頂クロス用改良塗料を完成したので、その頃被告の常務取締役大高留雄に対し右塗料について被告から特許出願をした方がよいとの意見を述べたところ、大高常務は特許を出願することはその製法を公表するようなものであるから、被告としては特許出願をしないとの意見であつた。

ところがその後右製法の一部が他社に漏れたので、原告は技術保存上昭和三一年五月一五日頃右塗料の製法について特許出願の手続をした。

原被告間の雇用契約の内容上本件特許を受ける権利が被告に帰属すべき約旨は存しないのであるから、原告のなした前記塗料に関する新規発明について原告が特許を受ける権利を有することは当然である。

しかるに被告は右特許を受ける権利が自己に帰属すると主張し原告が右特許出願手続を原告個人名義でしたことを会社の方針に副わないものとして原告を解雇したものである。

原告のなした右発明について特許出願をすることは被告との雇用契約上の義務とは何らかかわりのないことである。また原告が被告の業務に従事中にかかる新規の製法を発明したとしても、被告は右発明について実施権を有しているのであるから、原告の特許出願に容喙する必要もないのである。

かかる雇用契約とは無縁の事項について被告が原告に対し特許の申請をしないようにとか被告との共同申請に直すようにとか指図できる筈がないのに、かかる指図に従わなかつたからといつて原告を解雇する如きは正に解雇権の濫用というべきものであつてかかる解雇の意思表示は無効である。

第五被告の原告の再抗弁に対する認否、主張

一  協約違反の主張について

(一)  事実の認否

被告とその王子工場全従業員一四〇名中一二〇名で組織している大平製紙王子工場労働組合との間に原告主張の内容の労働協約がその主張の頃存在していたことは認める。

(二)  労働組合法第一七条の不適用

原告は第三記載のとおり被告の委任を受けてその王子工場において暫定的に塗料の改良等の研究に従事していたものであるから労働組合法第一七条にいう常時使用される労働者ではなく、また原告は被告の嘱託として工場生産に継続的に必要な基幹的作業に従事しておらず、従つてその待遇に関して第三の二(一)ないし(四)の諸点において被告の一般従業員とは区別して待遇されていたものであるから、同法第一七条にいう協約の拡張適用を受くべき同種の労働者ではない。

このことは、前記労働協約第四条において嘱託は組合員資格を有しないことを明記していることからも明白である。

従つて原告の解雇については右協約の適用がない。

(三)  原告の解雇理由

仮に原告について右協約が適用されるものとしても、原告には協約に定める解雇事由に該当する事情があるものである。

そもそも原告が被告の嘱託になるに際して嘱託料の支払を受ける代償として被告より委嘱した研究の成果は被告に帰属せしめる合意がなされたものである。

仮にその旨の明示の合意がなかつたとしても、原告の研究に要する費用、機械器具、補助者の労力等はすべて被告が提供し、その上嘱託料を支払うのであるし、また一般に技術者、科学者が企業体の研究員又は嘱託としてその任務に属する行為でした発明に関する権利は当然企業体に帰属せしめるのが業界の慣例なのであるから、原被告間にもその旨の暗黙の合意があつたものと見るべきである。

被告常務取締役大高留雄は昭和三一年五月初旬原告からかねて研究中の丹頂クロス用塗料について特許出願の話を持ちかけられたが同常務は原告に対し右塗料はまだ完成の域に達しないし、しかも特許をとることによつて却てその製法が公開され、同業会社がこれに若干の改良を加えて新製品を出す虞があり、被告には利益皆無であるから現在は特許出願は考慮していない旨言明した。

この言明の趣旨は被告が特許出願をしないことはもとより、被告の嘱託である原告も特許出願をさし控えるべきことを意味することは当然のことであるにもかかわらず、原告はその頃右新塗料について原告個人名義で特許出願をした。

被告王子工場長遠藤乙弥は同月一四日原告に対し右特許出願は大高常務の指示に反するし、元来右特許を受ける権利は被告に帰属すべきものであるから、原告が勝手に個人名義で特許出願をすることは許されないので原告の右特許出願を取り下げるよう指示した。

しかるに原告はこれに応じないので被告は同月二二日原告に対し右特許出願は原被告の共同申請とし、双方の承諾なしには公開できないこととすれば、被告の要望する非公開の点も確保できるので、この点被告も譲歩するから原告個人名義の特許出願を被告との共同申請とするよう求めたが、原告は結局これを拒否した。

以上のように原告は被告に帰属すべき特許を受くべき権利を自己名義で特許の出願をし、上司より前述のとおり被告の利益に反するとして右出願を取り下げるか、被告との共同申請に変更するよう指示されたのに従わなかつたことは別紙労働協約第三六条第三号、第五号、第一三号により懲戒解雇に値するものであるが、かかる事情があるときは協約第三一条第一〇号にも該当するので被告は原告の将来をも考慮し同号に基き原告を解雇したものである。

従つて原告の解雇について協約の適用があるとしても、右解雇は協約に違反するものではない。

二  解雇権濫用の主張について

被告は前述のとおり正当な理由によつて原告を解雇したものであるから、かかる解雇権の行使が権利の濫用となる理由はない。

第六立証〈省略〉

理由

第一当事者間争ない基礎的事実

原告が昭和二六年六月二一日洋紙、板紙および和紙の製造、販売を営業目的とする被告会社の嘱託(その契約内容はしばらく措く。)となり、昭和三一年六月まで被告王子工場において右嘱託の事務に従つていたことは当事者間に争がない。

第二原被告間の契約内容

成立に争ない乙第八号証の一ないし八、同乙第五号証の一ないし四、証人佐藤一二の証言(ただし、後記採用しない部分を除く)と原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は昭和二八年六月山崎鉄工株式会社々長の紹介で従前被告の従業員では取扱い得なかつた被告王子工場のドクター塗装機械用の塗料に関する技術指導および塗料の研究をするということで同工場に週五日赴くことになり、爾来その仕事に従事していたが、被告は昭和二九年二月二〇日までの間は山崎鉄工株式会社に対し原告が同社の職員として被告工場に指導のため出張した出張工賃という形式で一日一〇〇〇円の割合による金員を支払つていたが、同年二月二一日からは原告は被告の嘱託として直接原告に本給二五〇〇〇円(昭和三〇年七月より二八〇〇〇円)を支払つた外、時給の二割五分増で計算したいわゆる残業手当を支払つて来たこと、後記のように原告は一般従業員と多少違つた待遇を受けたとはいえ、当初は週五日、後に週六日出勤し、出勤時間も朝九時頃から午後四時頃までとほぼ一定していたことが認められ、右事実と被告が昭和三一年八月九日原告に対し三〇日分の平均賃金を提供して解雇の意思表示をしたとの当事者間争ない事実とを綜合して見れば、原被告間に遅くとも昭和二九年二月二一日頃雇用契約が締結されたものと認めるのが相当である。

なお、残業手当の支給に関する右認定に反する証人佐藤一二の証言部分は採用しない。

第三雇用契約の合意解除について

被告は昭和三一年六月一〇日頃原告との雇用契約を合意解除したものと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

もつとも証人遠藤乙弥、同山辺良美は「原告は同日頃後記被告との特許出願に関する紛争について遠藤取締役らと話し合つたが、話合はまとまらず、その結果遠藤は原告に対し会社の方はもうこれまでの縁と思つてあきらめて貰うより仕方がないといつたところ、原告はそれではやめるといつた」旨の証言をしている。

しかし原告本人尋問の結果によれば、原告は被告側がどうしてもやめさせるならば止むを得ないという趣旨で前述の発言をしたものであつて原告自ら積極的に雇用関係の解消を希望したものないし被告の雇用関係解消の申入れを承諾したものとは認められない。

なお、被告が同年八月九日原告に対し予告手当を提供して解雇の意思表示をしたとの当事者間争ない事実から推して考えて見ても、被告自身前述の原告との話合をもつて雇用契約の合意解除がなされたとは考えていなかつたものと認めるのが相当である。

従つて、原被告間に雇用契約の合意解除がなされたとの被告の主張は採用できない。

第四解雇無効の主張について

被告が原告に対し昭和三一年六月一〇日頃(証人山辺良美、同遠藤乙弥の各証言によれば、同月一一日と認められる。)解雇の通告をし、更に同年八月九日労働基準法所定の解雇予告手当を提供して解雇の通告をしたことは当事者間に争がない。

一  協約違反の主張について

被告とその王子工場全従業員一四〇名中職員、工員を含む一二〇名で組織する大平製紙王子工場労働組合との間に原告解雇の頃別紙条項を含む労働協約が存し、右協約上嘱託は非組合員とされていることは当事者間争ないところである。

原告は右協約は労働組合法第一七条により原告についても適用されるべきものと主張する。

しかし、証人佐藤一二、同山辺良美、同遠藤乙弥の各証言によれば、前記工場従業員で非組合員とされている者は嘱託三名(原告以外の嘱託は医師、機械技術者であつて、いずれも週一回程出社するもの)の外会社の利益を代表する立場にある課長以上の者と短期間の期間を定めて雇用される者であつて、これらの事情から見ると、右協約は協約当事者において程度の差はあれ一般従業員とは違つた労働条件の下にあると考えた者を非組合員にしようとする意図で締結されたものであることが窺われる。

そして前掲各証言によれば、(イ)原告の社内における地位は一応加工部に所属するとはいえ、同部長の指揮命令に服する一般従業員とは違つて同部長の相談相手ともいうべき立場にあつて、その職務の内容もドクター塗装機械用の塗料製法の指導、塗料の研究にあつたこと、(ロ)原告の受ける給与は一般従業員の給与体系によらずに定められ、一般の従業員と違つて原則として出勤、欠勤にかかわらず特定の給与を受け、もとより遅刻、早退などによる給与の減額を受けず、出勤時間も一般従業員より遅くとも構わないものとされていたことが認められる。

以上の諸事情から見ると、前記労働協約は原告の如く社内において特殊な地位を占め、一般従業員とは異質な勤務形態にある者に適用されることを予想して協定されているものとは認めがたく、従つて原告は右協約によつて労働条件の規制を受ける労働者とは同種の労働者であるとはいい得ないものと考える。

なお、原告は販売業務をも担当したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

更に証人佐藤正見の証言によれば、原告は被告会社の研究室にその席を占め、同研究室には組合員である研究員がいて研究に従事していたことが認められる。

しかし、右研究員が原告と同様に被告会社に出勤するしないにかかわらず原則として特定の給与を受けるという地位にあつたことを認めるに足りる証拠はないから、被告会社に組合員である研究員がいることが、原告がその特殊の技術ないし研究に関する才能に着目して特殊の勤務内容を定められた労働者として協約の拡張適用を受けない別格の労働者であるとする前認定を覆すに足りる事情とすることはできない。

以上のとおり原告がその主張の労働協約の拡張適用を受くべき労働者であることを肯認できないから、協約の拡張適用を前提とする原告の解雇が協約に違反するとの主張は採用できない。

二  解雇権の濫用の主張について

証人山辺良美、同遠藤乙弥、同大高留雄の各証言、原告本人尋問の結果(ただし後記採用しない部分を除く。)を綜合すれば、原告は昭和三一年四、五月頃被告常務取締役大高留雄に対し原告が被告の嘱託として研究していた丹頂クロス用塗料は新規の発明であるから会社で特許をとつたらどうかという話をしたところ、同常務から右塗料の研究は完成しているわけではなく、特許になると製法が公開され、同業者から一部の改良を加えられてそれ以上の製品を作られる虞があるから、被告としては特許出願を考えない旨の意見をいわれたので、その頃原告個人名義で右塗料について特許の出願をしたところ、被告は、被告が原告にその研究を委嘱して給与を支払い、その発明に関する原料、機械設備等を提供し、かつ、補助員の費用をも負担しているので右特許を受ける権利は被告に帰属すべきものであると考え、また被告会社では従前から従業員の職務上した発明は会社と共同で特許出願をする例であるとして原告が被告に何の連絡もなく原告個人名義で特許の出願をしたことを非難して、原告に当初は右個人申請を取り下げるように、後には原被告の共同出願に直すように話したが、原告は特許を受けてから対価を得て被告に譲るとか製品について特許の使用料を受けたいという態度をとり、併せて従業員の職務上した発明に関する規定を設けるよう要望し、被告は内規である褒賞規定を適用してもよいという意見をも述べたが、結局原告の特許出願に関する意見の一致を見ず昭和三一年六月一一日遠藤王子工場長は原告に対し最終的に被告の意見である原被告の共同の特許出願にするよう、要求したが原告において結局これを拒否したのでそれでは会社をやめて貰うより仕方がないといつて分れ、原告は自己の研究資料をすべて持ち帰つてその後は出社しなかつたことが認められる。

右認定に反する原告本人尋問の結果は採用しない。

以上の経緯から見ると、原被告間の契約上原告が被告の職務上した発明に関し特許を受ける権利が被告に移転する旨の明示の取決めがあつたことの立証がないのであるから、原告が自己に右特許を受くべき権利が帰属すると考えたことは必しも理由がないとはいえないが、被告としても原告にその発明にかかる研究を委嘱し、そのために給与を支給し、研究に要する資材、機械設備を提供し補助員等の費用をも負担していることでもあり、また被告会社では従来から従業員の発明者と会社とで特許の共同出願をして来て、原告自身も前認定のとおり当初大高常務に対し会社で特許を受けてはどうかといつたことから見ても、被告会社が原告との契約内容は少くとも原告の職務上した発明に関し特許を受ける権利の持分の移転を受け被告との共同で特許出願をする約旨をも含んでいると考えたことを必ずしも不当なものとはいえないから、かように原被告間に原告の被告の職務上した発明の取扱に関する後記のように重要な契約内容について意見が対立した以上、被告として原告との雇用契約を解消しようと欲したことをもつて社会的に不相当な措置とはいいがたいところである。

原告は特許出願をすることは原被告間の契約とは無縁の事項であるというが、被告が原告を雇用した所以は原告による研究の成果を被告の商品生産に役立たせようとするにあるから、その研究の成果についてたとえ被告が実施権を有し得るにせよ、原告が単独の特許権者となり、他人にその実施を許し得るかどうかは原被告間の契約内容上重要な事項であるというべきである。

従つて、原告の解雇権濫用の主張も採用できない。

第五結論

以上のとおり原告の解雇無効の主張はすべて理由がないから、原被告間の雇用関係は遅くとも被告の昭和三一年八月九日の解雇の意思表示により終了したものというべきである。

従つて現在原被告間に雇用関係は存在しないから、原告の本訴請求は理由がないものというべきである。

よつて原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 半谷恭一)

(別紙)

被告と大平製紙王子工場労働組合との労働協約

(退職及び解雇)

第三十一条 会社は経営の許す限り従業員の退職及解雇は原則として左の場合による。

一、懲戒解雇に該当したるとき

二、自己の都合によるとき

三、停年に達したとき

四、休職期間満了のとき

五、期間を定めて雇入れた者期間満了したとき

六、不具廃疾により職務をとるに堪えられなくなつたとき

七、技能劣悪の者

八、打切補償を行つたとき

九、死亡したとき

十、前号の他特別の事情あると認められたとき

但し、前号の内(六)(七)の二項に就いては組合と協議する。

(人員整理)

第三十二条 事業の整備縮少其の他の事業に依り、止むを得ず人員整理の必要を生じたる時は原則として左の順位に拠る。

一、退職希望者

二、勤務成績不良なる者

三、新任順位

(懲戒)

第三十五条 懲戒は其の程度により譴責、減給、昇給停止、出勤停止、解任、懲戒解雇に分け左の様に定む。

一、譴責は訓戒をする。

二、減給は総額が一賃金支払期間に於ける賃金の千分の一以内を減ずる。

三、次期昇給を停止する。

四、出勤停止は一週間以内とする。

五、解任は役付を免ずる。

六、懲戒解雇は予告期間を設けず即時解雇する。

(懲戒処分)

第三十六条 会社は従業員が左の各号に該当する時は賞罰委員会の審査を得て懲戒処分を行う。

一、正当な事由なく事故欠勤一ケ月以上に及んだ時。

二、正当な事由なく屡々欠勤、遅刻、早退したる時。

三、正当な事由なく上長の命を守らない時。

四、無断欠勤五日以内に渉りたる時。

五、許可なくして会社の物品を持出し又は持ち出そうとした時。

六、素行不良で事業場の秩序風紀を乱したる時。

七、故意、又は重大なる過失に依り、機械、器具構築物其の他の他物品毀損又は無くしたる時。

八、業務上の怠慢、監督、不行届による火災傷害其の他重大なる事故を発生させたる時。

九、事業場内で賭博其の他の類似行為を為したる時。

十、職務に関し不当に金品其の他利益の贈与を受け取つたり又は与えた時。

十一、故意又は重大な過失により虚偽の事項を述べ会社に不利益を齎した時。

十二、前歴を偽つて入社せる時。

十三、其の他各号に準ずる程度の行為のあつた時。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例